きらら通信:200706月号 【37

 またまた小説以外の話で申し訳ありません。

 『バベル』を観ました。言うまでもなく、日本人女優の菊地凛子さんがアカデミー賞助演女優賞の候補となり、今年に入りずっと話題を集めていた映画です。イニャリトゥ監督の作品は好きで、『アモーレス・ぺロス』にも『21グラム』にもずいぶん感心した記憶があり、この『バベル』も、これほど騒がれなくとも確実に劇場には足を運んでいたと思います。

 封切りの日にシネコンで観たのですが、計4スクリーンで上映しており、少なくとも自分の観た回は満席で、アカデミー賞などで話題にならなかったら、これほどの観客は集まっただろうかなどといらぬ心配もしながら、いつしかスクリーンに引き込まれていきました。

 『バベル』という題名は、旧約聖書「創世記」のバベルの塔のエピソードに由来しており、宣伝物などにもそれをにおわす惹句が書かれていました。かつて言葉はひとつだったが、天まで届く高い塔をつくったことに怒り、神は人間たちの言葉を別々なものにしたということです。

 物語はその言語が異なる三つの場所、モロッコ、メキシコ、日本で起こる出来事を、時間軸を微妙にずらしながら丹念に追っていきます。それぞれの地でコミュニケーション不全に陥ってしまった人間たち、いわば神の仕業によって混乱させられた人間たちの姿を描いていきます。未見の方のためにストーリーを書くことは控えますが、注目すべきは、三つの場所で起こる出来事が同時進行ではなく、微妙な時間軸のずれがそこには存在し、それが観る者を少しずつ困惑させ考えさせ、この現代の聖書のような物語の中に引き込んでいく点です。 

 通常、ハリウッド映画などでは、観客を物語の中に取り込むために、登場人物への感情移入というやり方をとるケースを多々見ますが、イニャリトゥ監督の作品では、この時間軸の仕掛けが、観客を物語のまっただなかに放り込みます。そしてこれはきわめて小説的なやり方のように思いました。つまりスクリーンの上で繰り広げられていく物語を、観客は提示された時間軸をつなぎ合わせながら、「読んで」いくのです。

 その意味で『バベル』はきわめて小説的な愉しみを感じさせてくれる映画でした。あらためてやはり自分は小説の側に立っている人間だということも再認識しました。

 おかげさまで、『きらら』も4年目に入りました。これからもよろしくお願いします。

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