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竹宮ゆゆこさん『砕け散るところを見せてあげる』
これを書いている間は、毎朝目が覚めると“また今日もあの原稿が書ける!”という感じで楽しかったです。
発売から数カ月たっても、インパクトのある表紙が書店に並んでいる。竹宮ゆゆこさんの『砕け散るところを見せてあげる』。ライトノベルのシリーズ作品で人気を博してきた著者が、新潮文庫nexで書き下ろしたノンシリーズの本作は、著者が用意した仕掛けによって、心震えるような感情を湧き上がらせる作品として話題だ。竹宮ゆゆこ(たけみや・ゆゆこ)
1978年、東京都生まれ。2004年、「うさぎホームシック」でデビュー。他の著書に「わたしたちの田村くん」(全2巻)「とらドラ!」(全13巻)「ゴールデンタイム」(全11巻)『知らない映画のサントラを聴く』などがある。

始まりは突然頭に浮かんだ仕掛け

 5月末の刊行以来、若い読者を中心に話題となっている竹宮ゆゆこさんの『砕け散るところを見せてあげる』。高校3年生の少年・濱田清澄が、いじめられている1年生の女子生徒・蔵本玻璃を助けようとしたところ、拒絶されてしまう。だが、その後も何かと面倒を見ようとする清澄に、玻璃の態度も少しずつ和らいでいく……と説明すると純真な学園青春小説という印象だが、後半は壮絶な展開となり、読者は著者が用意した仕掛けに驚かされることになる。

「最初に仕掛けがひらめいたんです。〈新潮文庫nex〉から2冊目を出すためのプロット作りが難航してストレスフルな状態だった時に、ふとこのアイデアが浮かんだんです。それで、プロットよりもそちらのアイデアを膨らませるほうが楽しくなってしまって(笑)。今にして思うと、あれはテスト勉強の期間に部屋の掃除がしたくなったり、引っ越しの片づけの最中に読みだした漫画が止められなくなったりするのと同じですね(笑)」

 担当編集者にはエピローグ以外の部分まで出来上がったプロットを見せたという。

「その時、玻璃が一見挙動不審な女の子なので、ヒロインとして認識できるキャラクターなのか、と突っ込まれてしまって。ここでひるんだら風向きが変わってしまうと思い、“大丈夫です!”と押し切って、このアイデアで小説を書いてよいことになりました(笑)。実際に書き始めたらもう少しテンションも下がると思ったんですが、これを書いている間は毎朝、目が覚めると“また今日もあの原稿が書けるー!”という感じで楽しかったです」

〈新潮文庫nex〉での執筆

 これまではライトノベルのレーベル、電撃文庫から、アニメ化された「とらドラ!」や「ゴールデンタイム」などの人気シリーズを発表してきた竹宮さん。本作は一昨年『知らない映画のサントラを聴く』に続く、〈新潮文庫nex〉からの刊行2作目だ。このシリーズは、ライトノベルやコミックの“次”に手に取る小説を意識した、20〜30代の読者向けの内容。当初このシリーズでの執筆を依頼された時は、

「それまでコミカルでギャグやパロディも盛り込んだものを書いてきて、それはライトノベルというジャンルでしか許されないという固定観念があったんです。だから最初は〈新潮文庫nex〉で書くのなら、もっと真面目にやらなければいけない、ふざけちゃいけない、と思ってしまって。でも担当の高橋さんと話していくうちに、今までの作風でいいと思えたんです。よくよく考えてみたら、これまでも“ライトノベルだからこう書かなくてはいけない”と考えたことなんてなかったんですよね」

 書きたいものを書いた、という〈新潮文庫nex〉1作目の『知らない映画のサントラを聴く』は、大切な友人を亡くした女性主人公と、その友人の元カレの男性との心の触れ合いを描く。そして2作目の執筆を依頼され、先述のように仕掛けありきで始まったのが本作だ。

優しい先輩といじめられっ子の後輩

 冒頭に玻璃の「つまり、UFOが撃ち落とされたせいで死んだのは二人」という台詞がある。この一文は最初のプロット作成の段階からほぼ同様の形であったという。UFOとは何か、「死んだ二人」とは誰のことか。

「自分にとって現実にあるのかないのか分からない不思議なものといって真っ先に思い浮かぶのがUFO。100%いないなんて言えなくて、遠くにいて、空から攻撃してくるかもしれない。最初にUFOという存在を書いたことで、そこから喚起されるものもありました」

 その言葉の意味は明かされぬまま、濱田清澄の物語は幕を開ける。彼は全校集会でいじめられている1年生女子を助けようとするが、その女子生徒・蔵本玻璃は絶叫とともに彼を拒絶。髪は埃っぽく、背中を老人のように丸め、分厚すぎる黒タイツは毛玉だらけの玻璃のことをその後気にかける清澄だが、周囲には「正義のヒーロー気取り」という嘲りの声も。そんな清澄の人物像については、

「ヒーローに憧れているような男子キャラ。作中でいろんなことに巻き込まれていくうちに、単なる憧れではなくて、本当に誠実にヒーローにならざるを得なくなっていくんです」

 作品を発表後、市川紗椰さんの本作に対する書評を読んだ時に気づいたことがあったという。

「タイトルにも“〜あげる”とありますが、この清澄も“〜あげる”とよく言うんですよね。上から目線でそういうことを言ってしまう男の子だという指摘にはっとしました。市川さんのように、見ている人には上から目線の態度にも気付かれてしまうんですね。もちろん、そういう清澄が少しずつ変わっていく話を想定してはいましたが、そこまではっきり意識して“〜してあげる”という言葉を使っていたわけではなかったので驚きました」

 一方の玻璃は、最初は挙動不審でおどおどしていて、人から触れられただけでパニックを起こすような女の子。

「今はじめて気づいたのですが、私、序盤は玻璃の心境とシンクロせずに書いていました。ものすごく厳しい状況のなかで、ただ必死に生きているだけという子です。肉体としては存在しているけれども魂としては存在していないくらいの状態なので、シンクロできないのが当たり前という感覚でいたように思います。だから序盤は完全に清澄の視点から、こんな女の子がいるんだという状況を書くことに集中していましたし、その書き方になったことに必然性を感じますね」

 そんな玻璃も、やがては清澄以上に変化し、意外な面を見せていくようになる。

「キャラクターを生み出すのがとても楽しいんです。最近自覚したんですけれども、自分はキャラクターを作る際、最初は“いじめられっ子キャラ”や“根暗キャラ”のように“○○キャラ”と呼ばれそうな、人工的なキャラクターを作っておいて、作中で現実味のある人物像に寄せていくのが好きなんですね。うまく書けているかは分かりませんが、私が頭の中で“こういうキャラ”と考えた人が、作中で血と肉を与えられて生きていくんだ、と思います」

 かつて学校内の友人関係がうまくいかなかった清澄を救ってくれた田丸という同級生や、姉が清澄と同学年、妹が玻璃と同学年という、ぶっきらぼうだが実は人のいい尾崎姉妹など、周囲の人間もいい味を出している。ライトノベルでも学園小説を発表してきた竹宮さんだが、

「学校という舞台が好きですね。子どもたちを書くのも好きなのですが、そこに“いさせられている”という限定された範囲内のコミュニケーションを書いて、小説の面白さを高めていくという作業が純粋に楽しいんです」

 清澄と玻璃が少しずつ距離を縮めていくなかでの2人のやりとりや、周囲との関わりあいがテンポよく語られていく。が、次第に不穏な空気が漂い、やがて壮絶な事実が浮かび上がってくる。読者も、冒頭のUFOに関する言葉を思い出すはず。そして終盤にはついに、著者の用意した仕掛けが明らかに……。

「改稿作業をしている時、最初にひらめいた構造を成り立たせるのが大変で、心が折れそうになって(笑)。冒頭と終盤を省いてボーイ・ミーツ・ガールものでも成り立つなとも考えました。でも、それでは意味がないんですよね。私が書きたいと思ったことは、その構造がないと表現できないものなので」

 それはただ読者を驚かせるためだけの構造ではなく、それによってこそ、読み手に大きなものが伝わってくる類のものなのだ。

「でも、自分が“こういうことが書きたかったので、そこを分かってほしい”というと台無しなんです。そこは言っちゃいけないと思っています」

 と、明言を避ける著者だが、やはり最後の1行に著者の思いがこめられているように思えてならない。

タイトルが決まるまでの逡巡

 文庫カバーには小さな文字で〈The ashes of my flesh and blood is the vast flowing galaxy〉という表記がある。実はこの背景には、タイトル決定までの紆余曲折がある。

「タイトルは難航したんです。最初にプロットを渡した時点では『ここからは君の話』という仮の題名がついていました。本文にもそれに呼応する文章があったんですが、改稿の際に削ってしまって。その次に、原稿の文書ファイルにつけていた仮のタイトルは『骨』でした。編集者ともこのタイトルがいいかも、と盛り上がったんですが、よくよく考えてやっぱり違うかな、となって(笑)。『天国』や『絶景』といった漢字2文字の題名はどうかという話もしましたがどれもピンとこなくて、これはもう、私の中で素直に作品世界を表現する言葉を出してみよう、と思ったんです。その時に考えたのが『骨の私の血と肉は億千万の流れる銀河』でした。このなかの一文字も削れない、絶対これでしょう! と思いました。新潮文庫nexの背表紙を確認して、この文字数なら入るだろうとも確信しましたし(笑)。でも、この長さでは覚えにくいと言われてしまって。それでもう一度考えてみることにして、ある時書店でふっと浮かんできたのが『砕け散るところを見せてあげる』でした。やっと見つけた、という感じでした(笑)。でも『骨の私の〜』も捨てがたいということで、表紙のデザインで英語を載せる際、これを使おうと言ってもらったんです。嬉しかったですね。タイトル探しの旅も無意味じゃなかったんだ、って思いました(笑)」

 確かに読み終えてみれば、タイトル候補になったものすべて、大事な意味を持っていることが分かる。

「でもサイン会で、よく“何が砕け散るんですか”という質問をいただくんです。読んだ方に思い思いの解釈をしていただいた分だけ答えがあると思っていますが、訊いてくださるからには私なりの答えを提示しなくては、と思っていて。この作品には主人公以外にもいろんな人が登場しますよね。いろんなキャラクターのいろんな気持ちや、人生について考えていることや、将来の展望といったものが砕け散るところを、(著者である)私が見せてあげる、という意味なんですよ、と言うようにしています。“まーたまたご冗談を”みたいな反応がかえってくるんですが(笑)。でも、その理由だと、“〜してあげる”という上から目線が匂い立つ感じがあって悩ましいですね(苦笑)」

 作中人物たちは砕け散るような思いをしながらも生きようとしているし、その姿を見せつけられることによって読み手に喚起されるものが確かにある。

 たとえば前作の『知らない映画のサントラを聴く』も、大切な友人を亡くした女性と死んだ友人の元恋人が少しずつ前を向く物語だった。竹宮さんの作品には救いや希望、そして再生への思いがこめられているように感じられる。

「自分の無力さに直面し、その事実を呑み込んだ後で何をするか、という話が書きたい。それはたとえば再生の話になるかもしれないし、まだ書いたことはないけれどリベンジの話になるかもしれないし、結局やっぱり駄目だったという話になるかもしれません。同じ話ばかりになる懸念もありますが、それをいろんな表現で提示し続けていけたらいいなと思います。それは“提示してあげる”じゃなくて“提示したい”という自分主体の欲求です」

 秋には文春文庫から『あしたはひとりにしてくれ』という小説を刊行予定。

「これも高校生の男子が主人公で、冷たい層の下で出会ってしまった2人がどうなるか、という話です。書き終わって少し時間が過ぎて考えてみると、『砕け散るところを見せてあげる』と兄弟のような作品だなと感じています」

 いわゆる一般文芸の場でも作品発表の場を広げているわけだが、

「私の作風が変わったとか変えたとかいうことではなく、私が書くようなものを受け入れてくれる雰囲気が広く出てきたというか。今まで、好きで書いてきた、キャラクターを立てて作中で血と肉を与えていくやり方が、広いジャンルでもアリになってきたのかなと思います。ただ、すごく素直にいうと、へんに意識したり気負ったりすることなく、書きたいものを書くという欲や楽しみを追求していくことに全力投球していけたらいいなと思っています」

 

(文・取材/瀧井朝世)
 

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