from book shop
  PICKUP著者インタビュー熱烈インタビュー 熱烈インタビュー 作家さん直筆メッセージ書店員さんおすすめ本コラムコミックエッセイ!「本の妖精 夫久山徳三郎」書店情報募集中
Back Number
春見朔子さん
『そういう生き物』私もわりとそういうことを思っていたな、そういう考え方もあるんだな、みたいに思ってくれたら嬉しいです。
春見朔子さん
春見朔子さんの第四十回すばる文学賞受賞作、『そういう生き物』は要注目だ。高校の同窓生の二人が大人になって再会し一緒に暮らす中で、自分の、そして相手の「生」と「性」に向き合っていく。無意識のうちに作者が構築した緻密な世界のなかで、我々読者は自分の内に根付いたジェンダーに関する既成概念を、試されることになる。
春見朔子(はるみ・さくこ)
1983年北海道生まれ。北海道大学薬学部卒業。北海道内で薬剤師として働きながら、2015年より小説を書き始め、16年、今作『そういう生き物』にて第40回すばる文学賞を受賞。

幼い頃からの疑問を小説に

 一緒に暮らす高校の同窓生同士の日常と心情を、互いの視点から綴っていく『そういう生き物』。この作品で第四十回すばる文学賞を受賞し、作家デビューを果たした春見朔子さんは一九八三年北海道生まれで、道内で薬剤師として働いている。小学校の卒業アルバムの「将来の夢」の欄に「小説家」と書いたというが、

「読むことが好きで、その時そう思っていただけなんです。その後ずっと書くということはしていなくて、急に思い立ったのは一昨年。五月の自分の誕生日の頃に友達と食事していて、“子どもの頃の夢って何だった”と訊かれて“私は小説家だった”と答えたら、“小説家はこの年齢からでも書いて応募できるじゃない”と言われ、あ、ああ、まあそうね……と思って。それで五月の末から急に書き始め、六月末の締め切りの文学賞に応募しました。枚数は結構書けるなと分かったので、そこから枚数を締め切りに合わせて応募していきました。短篇も含めて今回の受賞作が五作目になります」

 書き始めてから本作を応募するまでの間が十か月ほどだったという。勤めながらの執筆だと思えばそのペースには驚く。だが、本作を読めば、その設定や構成の巧みさにもっと驚くことになる。

一緒に暮らし始めた元クラスメイト

 薬剤師の千景は、高校の同級生のまゆ子に十年ぶりに再会し、つい成り行きで自分の家に居候させることにする。親戚のスナックを手伝うまゆ子は千景と一緒に暮らせることが嬉しくてたまらない様子だ。だが実は、高校時代の二人は、今とはまったく異なる関係だった……。

 といった程度のあらすじ説明だと、女性同士の恋愛感情を描いた作品かと思われる人もいるだろうが、それはちょっと違う。ただ、本作の出発点に著者のジェンダーについての違和感があったのは事実だ。

「この小説の最初の最初のきっかけというと、子どもの頃まで遡ります。物心ついた頃にテレビを観ていて、見た目が男の人で、自分は女だと言っている人を見て、すごく不思議だなと思ったんです。それは外見と中味が違うということではなくて、自発的に自分はこっちの性なんだと思うということが私の感覚にはなかったものだったから。心と身体の性にギャップがあると自ら気づけるのがとても不思議でした。私自身は“異性と恋するものだ”と教わってきたからそうしているだけで、教わらなかったら自分の性をどう思っていたのか分からない気がします。もしもこの自分のままで男性の身体に生まれていたら、そのまま普通に男として生きていたと思うんです。でも、周囲を見ていても、自分の性を自発的に自覚している、ということに不思議さを感じている人が少なそうに見えるんです。みんな分かっているんだな、自分がいちばん分かっていないんだな、という気がしてしまう」

 何をもって“性”を認識するかについても、

「自分がどちらの性か自覚することと、好きになるのが同性か異性かも、またちょっと違うように思えます」

 染色体による性、アイデンティティーとしての性、愛情の対象の性、性欲対象の性……。染色体以外はみな、性というものの認識は不安定なものかもしれない。

 そうした違和感から発した本作は、千景とまゆ子、双方の視点から進んでいく。

「いくつかの視点があったほうがいいなと思いました。千景はいわゆる一般的なセクシャリティの人ですが、この小説のテーマからして、その視点ばかりじゃないほうがいいだろうなと考えました。でも、それほどいろんなことを決めて書き始めたわけではないんです。まゆ子のアイデンティティーも、最初からはっきり決めていたわけではないですね」

“そういうものだから”という生き方

 千景が薬剤師というのは、著者と重なるところであるが、

「確かにプロフィールの点では自分に近いです。“『心が男』とか『心が女』って何?”などと、私が思っていることを言うキャラクターですし、そういうものとして生まれてきたからということで、自分の性に疑問を持たずに生きている人ですから」

 そんな彼女も一見不可解な行動をとっている。大学時代の先生のもとに通い、線虫を観察して過ごす一方、大した思い入れもない相手と躊躇なくセックスしているのだ。

「そういう性的な部分だけは、私のプロフィールに近いわけではないと言っておきます(笑)。こういう人もいるよね、という気持ちで書きました。“そういうものだから”という感覚でセックスしている人です」

 一方、まゆ子という人物については、

「たとえばまゆ子にLGBTの中から名前をつけようと思ったらつけることはできるかもしれません。でも、名前は言わないほうがいいんだろうなという気がしました。名前をつけるとその分類に決められてしまう。それに、私自身はそうではないから、分かったようなことを書くのもどうかと思いましたし。ともかく、こういう人がいてもおかしくないんだ、という気持ちで書きました。彼女もこの先男性と恋愛するかもしれないし、女性とそういうことになるかもしれない。自分でも分かっていないんです。それでいいんじゃないかと思う」

 という著者の言葉にドキリとするのは、本作を読み進めながら、まゆ子が何にカテゴライズされるのかを考えている自分がいたからだ。規定するのは簡単だけれども、そこには窮屈さと残酷さがつきまとうと気づかされる。

線虫とカタツムリ

 千景が教授のもとで観察する線虫、まゆ子が幼い男の子と面倒を見ることになるカタツムリの存在が象徴的。

「線虫は一匹で卵を産むし、カタツムリは雌雄同体なのに交尾をする。それぞれ違うところが面白いですよね。線虫については、大学生時代に研究していて、卒論も線虫の性の分化みたいなことについて書いたんです。カタツムリは線虫よりもメジャーでみんな分かるだろうということで登場させました」

 男女の性別をはっきり分けることが必ずしも自然界においても絶対的なことではないと、さりげなく伝わってくる。それにしても、少しずつ事実が明らかにされていく構成が実に巧みである。

「自分ではうまくできているのかどうか分からないんです。前半はなかなか書き進められなかったですね。これに限らず、自分がそういうタイプなのかもしれません。ただ、これに関しては、後半は一気に書きました。応募締め切りの一週間前の保存データを見ると後半が全然できていないので、そこからわーっと書いたんですよね(笑)」

 ということは、書き進めていくうちに、なんらかの手応えがあったのか。

「真っ白なところから書き始めて、キャラクターができていくうちにイメージが湧いてきて、あ、そうなんだと自分でも思ったりして、どんどん進んでいった感じです。でも最後の場面も特に決めていなかったんです。最終的に、巻頭が朝起きるところで、ラストシーンが夜寝るところになっている、というのは後から気付きました。全然計算していなかったんですけれど(笑)。書き上げた後も、相変わらず小さい頃からの性についての疑問はそのままです。こういう社会じゃなかったら自分はこうなっていただろうかと、不思議なことは不思議なまんまですね。でもそれはそれでいいんだろうなと思っています」

 自分なりの思いや考えを伝えよう、というのではなく、シンプルな疑問から始めているからこそ、読者も同じ目線に立って、その疑問の提起を素直に受け取ることができるともいえる。

「そうですね、確かに“みんなもっとジェンダーのこと理解しようよ!”なんてことはまったく思っていませんでした(笑)。読んでくれた方が、私もわりとそういうことを思っていたなとか、そういう考え方もあるんだな、みたいに思ってくれたら嬉しいです」

 タイトルにもある“そういう生き物”とはどういう生き物か。読後には読み手の中で、この言葉がもたらすイメージも変化しているはずだ。

受賞に周囲も自分も驚く

 それにしても大学では理系に進み、現在、薬剤師として働く春見さん、文章修業はいつどのようにしてきたのか。

「いえ、読むことは好きでしたが、書くことは経験がなく、今もこれでいいのかなと思いながら書いています。正解が分からなくて……。でも、文章を書くのは好きでしたし、小説的な文章ではありませんが、たとえば友達にメールを書く時でも、できれば面白く書こうとするほうでした(笑)」

 ずっと本は読んできた。

「子どもの頃から本は好きだったと思います。母親がわりと本好きで、その影響もあって日本の現代作家、江國香織さんや角田光代さん、吉本ばななさんを読み、筒井康隆さんは最初に『時をかける少女』を読んで青春小説だなと思って次に筒井節の効いた短篇小説を読んで衝撃を受け……(笑)。母が好きで松本清張作品もたくさん家にあったので読みました」

 すばる文学賞に応募したのは、内容からして純文学であることと、江國さんと角田さんが選考委員にいたため「読んでもらえるかも」と思ったからだという。

「最終選考に残ったという連絡を受けた時は本当にびっくりして。“残るものなんだ”と思いました。とりあえず今後は勤めながら書いていくつもりですが、応募していた期間は非日常で、“今は頑張る時期”だと思って睡眠時間も削っていたんです。今後はそのあたりをコントロールしなければいけないですよね」

 ちなみに高校で一緒だった歌人・小説家の加藤千恵さんとは今でも親交があるという。が、加藤さんにも小説を書いていることは一切言っていなかったのだとか。

「あんまり自分のことは言わないんです。受賞したことを伝えたら、“一体何が起こったの”という感じでものすごくびっくりしていました。加藤さんに限らず、親にも言っていなかったので驚かれました(笑)」

自分の中の客観性と主観性

 現在、さっそく新作に取り掛かっているが、

「まだどうなるかは分からないのですが、自分の中にある客観的な視点と、主観的な視点というものをテーマにしようとしていて。主観的にはこう思うけれど、客観的に見たらあっちのほうが正しいよね、ということはあると思うんですが、それをごっちゃにする人が多いのかな、という疑問から始まっています。自分も、なるべく分けて考えたいとは思っているんですが、自分で客観的な考え方と思ってもそれは主観的な判断なので、難しいですよね。……ということを書こうとしているのですが、作品として伝わるかどうか自信がなくて……」

 本作といい、この予定作といい、世の中の曖昧さ、不安定さに目を向ける姿勢を感じさせる。

「世間はこうだけれども自分はそうは思っていなかった、ということをテーマにすればいいのかなと思っています。もともとの自分の性格もありますし、今回の小説について、客観的で押しつけがましくないところがいいと言っていただけたこともあって、そこを大事にすればいいのかな、と」

 手探りの旅は始まったばかりだが、つい期待を寄せてしまう。

 

(文・取材/瀧井朝世)
 

先頭へ戻る