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早見和真さん『小説王』
あと9年で、僕が出版界を食わせるようにならなきゃいけない。
カウントダウンをしているイメージです。
平野啓一郎さん
 一人の犯罪者である女性の人生の真実を追う『イノセント・デイズ』で昨年日本推理作家協会賞を受賞された早見和真さん。デビュー作の野球青春小説『ひゃくはち』以降、さまざまなテーマの小説を発表してきた早見さんが新作『小説王』で描くのは、成果を出せない編集者と売れなくなった作家の、熱い挑戦の物語だ。
早見和真(はやみ・かずまさ)
1977年神奈川県生まれ。2008年『ひゃくはち』で作家デビュー。同作は、映画化、コミック化されベストセラーとなる。15年『イノセント・デイズ』で第68回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)受賞。他の著書に『スリーピング・ブッダ』『東京ドーン』『6 シックス』『ぼくたちの家族』『ポンチョに夜明けの風はらませて』『95』がある。

きっかけは編集者からの依頼

 昨年、『イノセント・デイズ』で日本推理作家協会賞を受賞した早見和真さん。授賞式のスピーチでご本人いわく「えらいことを言ってしまった」。今の自分は出版社の人たちに食べさせてもらっていると分かっている、という謙虚な前置きをしたうえで、

「10年後のこの業界を、自分が食わしているイメージがあります」

 と言ってのけたのだ。「会場がザワザワしていました」と苦笑いする早見さんだが、そこには現在の出版界に対する危機感と、その状況を乗り切っていこうという決意が表れていた。

 最新刊『小説王』は、そんな一人の小説家の熱い思いがつまった一冊だ……と思いきや、実はテーマは編集者からの依頼だったという。

「いつも好きに書かせてもらっているんですけれど、この本ではじめて編集者の持ってきたテーマで書きました。3年くらい前にはじめて小学館の編集者、庄野さんに会った時、パリッとした身なりでサーフィンなんてやっているなんて言うから、この人とは仕事しないだろうなと思ったんです(笑)。でもしつこく連絡をくれるので、ふっかけるつもりで“何か書かせたいテーマがありますか”と訊いたら、“小説家と編集者の話を書いてほしい”と。それを聞いて“あ、それはないな”と思いました。僕は業界の裏話を書いたお仕事小説なんて読みたくないですから。でも、その時に“今小学生の息子が高校生になった時に、自分はこういう仕事をしているんだ、と読ませたくなる小説を書いてほしい。そういう小説を書いてくれるのは早見さんだから”って言われたんです。僕は単純なんで、その言葉がすごく響いたんです」

 早見さんがかつて、食い入るように読んだお仕事モノといえば土田世紀の漫画『編集王』。

「僕が書くことを決めた時に編集者がつけた仮題が『小説王』だったんです。そのタイトルでやるんだったらみっともないくらい剥き出しでやらないと駄目だと思って、編集者に“じゃあ土田さんの遺族にイラスト使用の許可をとってきてください”と言ったら、翌日にはOKをとってきて。もうやるしかない状況でした」

幼なじみの作家と編集者の挑戦

 33歳の小柳俊太郎は、神保町にある総合出版社、神楽社の文芸編集部所属の編集者。文芸誌『小説ゴッド』の連載や単行本の刊行などを担当している。実は学生時代、恋人が妊娠したため退学して結婚し、働き始めた過去がある。だが、若くしてデビューした幼なじみの小説を再読し、編集者になろうと決意。大学に再入学し、就活し、今に至る。一方、そのきっかけをつくった作家、吉田豊隆は18歳の時に書いた『空白のメソッド』で「小説ブルー新人賞」を受賞してデビューしたが今は完全に行き詰まり、アルバイトで生計を立てていた。いつかは一緒に仕事をしようと約束している二人だが……。

「編集者は男女の組み合わせを考えていたようなんです。でも僕は、最初からなぜか幼なじみ二人、と考えていました。あとは当たり前のように物語が流れていきましたね。読んでくれた人たちから“熱い話だった”“熱量がすごい”と言われるんですが、自分ではピンときていなくて。『イノセント』や『95』の時は物語の中にもぐりこんで熱をこめて書いたのでそう言われるのは分かるんですが、今回は何も苦しまず、淡々と書き進めていったんです」

 それだけ、早見さんにとってここに書かれる出版界の危機的状況は、つね日ごろ考えている当然の事柄だった、ともいえる。

 小説誌、文芸誌の連載は、単行本にするという目的のほかに、毎月作家に原稿料を払い、収入を安定させる目的もある。だが、売れない作家の連載企画はなかなか通らない。

「小説誌が全然売れていないのに、連載して原稿料をもらうことに対する不安に近い気持ちは僕にもずっとある。この先、もらえることが当たり前じゃなくなるだろうとも思う。今、この業界にいる人間が苦しんでいないわけがない。どの年代、どの年齢の人間も同じように共有しているのは、自分が面白いと思うものが売れるとは限らない、いいものだからといって売れるわけではない、という特異性。今いけいけどんどんでやっている30代なんて明らかにいない。それで、こういう主人公になりました」

 やがて、ひょんなことから『小説ゴッド』で豊隆と大御所作家の内山光紀、中学2年生でデビューした逸材・野々宮博らと同じテーマで小説を連載する、という企画が持ち上がる。だが、その矢先、雑誌の存続が危ぶまれて……。

「ここに出てくる作家は僕ではないし、編集者にも特定のモデルはいません。でも、普段から自分が夜、編集者と話していることばかりを書いた気がします。もともと編集者とのブレストはすごくするほうですね。僕は編集者がいないと本当に書けないと思っている。アドバイスを原稿に反映させるということではなく、いろいろ喋っているうちに、いろんなヒントが浮かんでくるんです。だから僕の担当編集者がこれを読んでも、普段から聞いている話ばかりで面白くないんだろうなって思っていて。でも、連載中は他の出版社の担当編集者も、すごく長文の感想をメールで送ってくれました」

 豊隆が若い頃に書こうとしていたのは「父」というテーマ。その父親に作品を侮辱されたことで彼は長期にわたってスランプになり、あえてこのテーマは封印してきた。そして、起死回生のために彼が競作として取り掛かるのは、“父親殺し”だ。作中内ではドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』にも言及されている。

「そういう話があったら読みたいなと自分でも思って。自分も『カラマーゾフの兄弟』は、大学生の時に文庫の第一巻を写経のように書き写したんですよね。でも、好きだからというよりも、大学生だからこれは読んでおかなきゃ、という気持ちからだったように思います」

 小説誌で作家同士が競作することは、以前早見さん自身も提案したことがあったという。

「文芸誌や小説誌がなくなってしまう前にもうひとあがきするなら何ができるだろうと考えたことがあったんです。自分だったらどういう企画に参加したいのか。それで編集者に、作家を6人集めて同じテーマの短篇を書かせて、名前を伏せて発表して読者アンケートをやろう、と提案したことがあって。もちろん、一番ぺーペーな作家は自分で、他はビッグネームを集めてもらって……。でも、その編集者が雑談で何人かの作家にその話をした時、面白がってくれたのは一人だけだったそうです。だから誰も話にのっかってきてくれないのは分かっているけれど、今だったらみなさんの“小説家と編集者”が主人公の話が読んでみたいです。僕はもう、これ以外のものは書けないと思うから」

 業界ならではの話は満載だが、それを楽しむ内容ではない。本気で何かをやろうとする人間たちの懸命さ、その周囲の人々の思いが、丁寧に描かれて胸が熱くなる。

「“業界あるある話”みたいなことを言われたらもう負けだと思っています。でも、たぶんそれは言われない気がします。本ができあがった時に読み返してみて、小説家と書く、ということに関してはちゃんと書けた気がしています」

 編集者と作家がぶつかりあいながら関係を育む様子がなんとも熱いが、大御所作家内山の新人たちに対する思いや、俊太郎の妻の美咲とのやりとりや、息子の悠との微妙な関係、さらに豊隆と彼の愛読者だった一人の女性との関係などでも読ませる。特に、女性たちが単に男たちを支える役割に甘んじているのではなく、自分自身の人生とも向き合っている様子が心地よい。これまでには原稿を読んだ奥さんから女性の描写について意見されることもあったが、

「今回はあまり悩まずに書けたんです。確かにこれまでは初稿を自分から見せて感想をしつこく訊いて、女性像について意見を言われてムッとしたこともありました(笑)。確かに今回も、ヤツはどう読むかなということは心の中で気にはしていましたね(笑)」

普段小説を読まない人が読めるように

 本作では、俊太郎の判断で、妻や息子、そしてある人物に豊隆の原稿を事前に読ませて意見をもらい、参考にしている。あえて、そうした通常の編集作業とは異なる手順を描いたのは、

「そういう人に読んでもらうと、“行間を読んでくれ”が通じないんですよね。デビューした時に集英社の編集者から言われた“普段小説を読まない人たちをひっぱってくることが君の仕事だ”という言葉がずっと残っています。今回はそれを一番意識して書いた気がしています」

 そのように作り手だけでなく読み手側も登場、さらには書店員も顔を出す。

「書店員さんを書くのが難しかった。何を書いても迎合しているようにとられるのが嫌で。でも、書店員さんを書くならちゃんと書こうと思い、ああなりました」

 普段、本屋大賞を狙っていると思われるのが嫌で、知り合いの書店員さんたちと食事に行きたいのに行けない、とまで言う早見さん。賞といえば、終盤では一風変わった形で文学賞の発表に備えて待機する、待ち会の様子が描かれる。

「これを書いたのは自分が推理作家協会賞で受賞した時の待ち会と、山本周五郎賞で落選した時の待ち会、両方を経験したことが大きいですね。去年の山周賞に落ちた時は、集まってくれた編集者たちと喜びを共有できなかったことが本当に悔しくて、寂しかった。最後は朝4時くらいまで飲んでから宿に戻ったんです。最近、“今日のことは忘れない”って自分にメールしてあることに気付いたんですが、日付を見たら、山周賞の発表の後で朝、寝る前に送っている。ああ、そういう感じだったんだなと思って」

 本作が出版業界の現状を生々しく描きながらも「業界あるある話」に終わっていないのは、これから先を見据えての提案と決意が描かれているからだ。冒頭に書いた推理作家協会賞の授賞式の言葉も本書に反映した……と思ったら、

「いや、実はその部分の原稿を書いた2日ほど後が授賞式だったんです(笑)。それで、現実と書いている小説が自分の中で入り乱れてしまって。自分自身、あのセリフにしびれたんでしょうね(笑)。それで大ぼらを吹いてしまったんです。あれがちょうど1年前ですよね。とすると、あと9年で、僕が出版界を食わせるようにならなきゃいけない。カウントダウンをしているイメージですよ」

 今ももちろん、危機感は募っている。

「砂埃が背後に迫ってきているのが分かっているから、なんとか巻き込まれる前に売れる作家になろうと思っていたけれど、間に合わなかったという自覚がある。小説誌の原稿料で食わしてもらうのではなく、ちゃんと本が売れることで自分もまわりも飯が食えるような作家になろうと思っていたのに、追いつかれてしまった。じゃあ今後何をしていくかというと、やっぱりまずは僕たちが面白いものを書くしかないし、いい本を作るしかない、という答えにしかいきつかない。でも、そこで止まっていたら駄目だ、という時代になったと思う。2020年には出版界は焼け野原になっていると思う。編集者は年に4冊しか本を出しちゃ駄目だというような状況になった時に生き残っている作家になっていなければいけないし、僕はまだそこにまでいっていない。でも、その意識を持って書いていけば戦えるとは思う」

 とにかく、今は書き続けていたい、という。

「書けなくなるというのは恐怖の対象でもある。でもその一方で、この本にも書きましたが、もう書かなくていいと思えることは希望だなとも思いました。あ、もう書かなくてもいいんだ、みたいに思えるっていうのは、自分はこれを書くために小説家になったんだ、と思える作品を書けた時ですから。そんなものはだれも手にすることはできないし、だから自分は書き続けるんでしょうけれど」

 ただ、6月は休むつもり。

「デビューしてから毎日、1行でも3行でも書くようにしていました。でも6月は一切書くのをやめてみようと思って。インプットしたいんです。そして次のステップに備えたい」

 あと9年。挑戦はまだまだ続く。

 

(文・取材/瀧井朝世)
 

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